
恋姫†無双
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管理人:屈原神無
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十八史略英雄列伝 〜知られざる天才たち〜 |
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| 知られざる中国史の英雄の生き様を十八史略を元に解説。 中国史自体さっぱりわからんという方への解説はここから。 一部和製PCで表現不能な漢字につきましては当て字やカタカナ表記してます。 ご了承下さい。 |
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| 神話時代 | Qー十八史略って何? Aー南宋最後の英雄文天祥と同郷(江西吉水)だった曹先之が、「元」の支配下にあっても民族の自尊心を忘れないよう十八の正史をまとめた歴史書の事です。日本で有名な陳 舜臣氏版はこちらで。 有名な三国志、水滸伝、西遊記、項羽と劉邦、史記、封神演義の時代さえ、その一部に過ぎない長さ。 その中で、気になった英雄達を独断と偏見で紹介したいと思います。時代ごとにまとめましたので、左の表からリンクしていって下さい。コンテンツは増殖予定です。 ■オススメ鏈接(リンク。中国ではこう書く)■ 中華王朝流星群 うちのバナーはこちら (別館のも共同で置いてます) ■中国史雑学のコーナー■ 時代により、多くの変更が行われたので暫定的な内容なのは対不起(ご勘弁) ・天下統一王朝、皇帝の系譜 ・貴族の爵位リスト ・官職リスト ・宮女の位リスト ・参考資料 |
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| 夏 | ||||
| 殷 | ||||
| 周(西周) | ||||
| 東周 | 春秋 1 2 | |||
| 戦国 | ||||
| 秦 1 2 | ||||
| 前漢 | ||||
| 新 | ||||
| 後漢 | ||||
| 三国時代(魏・蜀漢・呉) | ||||
| 西晋 | ||||
| 南北朝時代 | <北朝> 五胡十六国(鮮卑・ 匈奴・テイ・羌・羯) |
<南朝> 東晋 |
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| 北魏 | 宋 | |||
| 斉 | ||||
| 西魏 | 東魏 | 梁 | ||
| 北周 | 北斉 | 陳 | ||
| 隋 | ||||
| 唐 | ||||
| 五代十国(後梁・後唐・後晋・後漢・後周) | ||||
| 北宋 | 遼 | 西夏 | ||
| 南宋 | 金 | |||
| 元(モンゴル) | ||||
| (年代順) | あらすじ |
| ヘタれ絵で解説 封神演義の名勝負 |
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| タイトル | ちなみに演義の意味は史実を元にしたフィクション。 日本で良く知られている安能務版はさらに独自のアイディアや、読みの間違いも含んでいるため(ナタクの本当の読みはナタ、あるいはナーザ)日本版、封神演義と解した方がいいかも知れない。当方には日本版しか資料が無いため、日本版のあらすじとして紹介。 天地創造神の怒りを買い、送り込まれた妖怪女達によって殷王朝の王は堕落し悪政を行うようになった。 仙人になるべく修行していた姜子牙は将来をダメ出しされた代わり、人間界の戦争を利用して人間仙人・妖怪仙人の人員整理(粛清)計画の遂行を命じられる。 姜子牙と人間側の仙人、道士連合は殷属国の周公と共に、決起。革命を望まない妖怪仙人側は殷を守るため立ち上がり、大サイキックバトル(仙術戦争)が繰り広げられる。 最後は純朴な妖怪仙人側を、周の人間仙人側がペテンにかけてほとんど皆殺しにし、殷王朝の王も追い詰められて自決。こうして周王朝が建国されて完結。人間って怖いね…しみじみ。ページ先頭へ |
| 封神演義(ほうしんえんぎ) | |
| 時代背景 | |
| 紀元前1100年頃。殷王朝。 | |
| 中心人物 | |
| のちの周王朝軍師・太公望 (姜子牙)。 |
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| ヘタれ絵で解説 始皇帝の天下統一伝 |
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| タイトル | 今の広大な中国全土を初めて統一した始皇帝。その支配は彼の能力による恐怖政治で辛うじて保たれていた。彼の死後、悪臣が無能な2代目皇帝を立てた事から、各地で反乱が勃発する。 イの一番に決起した農民達に続いて、始皇帝の軍に殺された楚の国の英雄一族、項氏が次第に戦いの中で頭角を現してくる。 苦戦の末、最強の武力を持つ項羽と万人に好かれる好漢の劉邦が協力して秦を滅ぼすが、天下唯一の主になる野望に取り付かれた項羽が、一族で祭り上げた楚王を殺害し西楚覇王として天下に号令を始める。 力こそ全てという政策に反発した劉邦が項羽と天下をかけて争い、負け続けたものの。多くの武人、知恵者の意見を取り入れ。劉邦が最終的に勝利を収め、漢王朝の建国で完結。成功するけどカッコ悪い生き様と、カッコいいけど短命な生き様の対比としてよく引用される。 別名として「漢楚軍記談」「項劉記」があり。京劇では最後のエピソードを扱った「覇王別妃」という演目がある。ページ先頭へ |
| 項羽と劉邦(こううとりゅうほう) | |
| 時代背景 | |
| 前221年。秦王朝。 | |
| 中心人物 | |
| のちの西楚覇王、項羽と、のちの 前漢初代皇帝・劉邦(高祖)。 |
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| ヘタれ絵で解説 項羽と劉邦の名場面 |
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| タイトル | 神話時代から司馬遷と同時代を生きた悲劇の武将、李陵までの人物伝。 その背景に、作戦失敗し漢王朝の宿敵である北方民族、匈奴の捕虜になった武将、李陵を過度に責任追及した武帝を諌めるのが当初の目的だった。彼らの事情を知らないで弁護した司馬遷は武帝の怒りを買い、処刑を命じられる。代わりに宮刑という去勢の刑を受ければ命乞いは出来るが恥を晒して生き続けなければならない。司馬遷は後者を選択した。 司馬遷の父は手腕を発揮する機会が無かった歴史をまとめる役職、それを真似。たとえ話で武帝を諌めるため、歴史の研究を始めた司馬遷。調べていくうち、李陵の親や祖父は強気な軍人で武帝と何度か衝突したことがあり、李一族を憎らしく思っていたため過剰な処分を下したことが分かった。 司馬遷の研究は結局、当時の人間のためになったとは言いがたい。武帝はわが子を誤って殺してしまい、悔いるまでワンマン政治を変えることなはく。李陵も匈奴の王に認められ、右校王に任命されると、もう漢に戻るわけにはいかず。結局、匈奴討伐の名門は匈奴に取り込まれて終焉することになる。 ただ伝記としては司馬遷がまとめた史記の形式が後世に採用され、歴史書の雛形となった。ページ先頭へ |
| 史記(しき) | |
| 時代背景 | |
| 前141年頃。前漢、7代目皇帝・ 武帝の時代。 |
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| 中心人物 | |
| 作者の司馬遷が認めた過去の 各英雄・偉人たち。 |
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| ヘタれ絵で解説 不運の李一族 |
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| タイトル | 暗愚な皇帝が続き、太后の親類、王莽が漢王朝を乗っ取った時代。元皇族の劉氏の末裔、劉伯升、劉秀兄弟は、就職が上手くいかず田舎で 劉秀は美人の幼なじみをヨメにしたい、制服のカッコイイ執金吾(警官)に就職したいと考える平凡な青年で、帝王の器を持ち漢王朝再興に燃える兄の劉伯升に引きずられるように、失策の続く王莽政権に反乱を起こす。 とはいえ、新王朝を建国した王莽が宮廷を精神支配のような手腕(ギアスの力か?)で無血で乗っ取ってたため、世間には同じ事を考えた王家の末裔だらけ。ライバルの多さで二人は挙兵から苦戦するが、劉秀のヘタレさが幸いして(史実)何とか一軍を結成。 各地の豪族や盗賊・山賊軍団達と対立、協力しながら王莽軍と渡り合っていく。当時の巨大軍団の一つ緑林軍と合併し、王莽軍を壊滅させるものの野心に取り付かれた仲間達の裏切りで、無能な劉玄が軍団の皇帝に即位。 実質的に軍を率いてきた兄の劉伯升を、劉玄(更始帝)達にだまし討ちにされ。劉秀は表向きは更始帝達に従いながら、兄の夢を引き継ぐ事になる。 王莽軍を滅ぼした後、他にも各地で王莽軍と戦っていた漢王朝再興を唱える血縁者達や、もう一つの巨大軍団・赤眉軍の取り込みに失敗した更始帝は劉秀に彼らを降し、場合により殲滅を命じる。 自称血縁者の王郎軍に苦戦しながらもこれを撃破。更始帝軍の主力で兄の劉伯升をだまし討ちにした元仲間達の軍、銅馬軍なる地方勢力軍も次々撃破。 更始帝は巨大軍団に成長した劉秀を呼び寄せ、主力に据え様とするが、兄の仇であり皇帝の器ではない更始帝を無視。独立し皇帝を名乗る。 それから間もなく赤眉軍は更始帝軍を襲撃。もはや第一の主力の劉伯升を自ら殺し、第二の主力も左遷し、劉秀は独立と。自らの盾を自ら破壊してきた更始帝は難民軍に食い殺されるように倒された。 劉秀軍は赤眉軍に対し、彼らの最大の弱点であった兵糧攻めであっさり破り、残る3勢力を破り天下を統一した。その後、天下の制度を漢代のものに直しつつも、王莽政権の早すぎる社会主義制度の一部も直して使っている。 個性の薄い凡人と思われる事の多い、光武帝だが、敵味方を問わずいい案は採用し、兄や家族を理不尽に殺されても冷静さを欠かなかった柔軟さが彼の最大の才能だったのかも知れない。 光武帝は中国史上で唯一、王朝の再興に成功した君主で、戦後功績のあった二十八将軍はのちに星座の名に使われるなど功績でいったら劉邦しか肩を並べるものがいない名君だが。その割りに知名度が低いのが何とも歯がゆいものがある。 パロディギャグSS(マトモな代表作無いんで) |